こんばんわ。ひんでHistoryの続編です。w

その後に、トムリックは上位へ上がり、他のレジに厄介になる。
自分はというと、実はPHSでは長いとエクソのパプオンで4発ほどのラグが発生するのである。(マジで)
その為、上位では絶対に戦えないという事態に陥ったのである。
時にはレジ長を掛け持ちし、日によって中位や下位といった風に行ききしていた期間が長くなってしまった。

2002年4月
この日から、TCに対する技術向上が望めるようになった。
実は、この月は大学のあった青森県から宮城県に戻る事が決まった日でもあった。
また、ネットがADSLになる事が確定した月でもあった。
しかし、NTTの収容局から距離が2キロ近くあったので、大した速度にはならなかったのも、事実である。(;−;

しかし、実際には仕事が忙しく、思うようにACTできなかった・・・。
この仕事に付いて一年目で担任をしていたために、ゲームをする気持ちの余裕が無かったのである。
その頃から、TCのACT率が減っていった・・・。

何だかんだで、上位にDFを作ったのは更に数ヶ月が経とうとしていたときであった。
私が上位にいけるだけのLvに達したという事もあり、それを契機に上位にもレジ『D.F.Master』を創設したのである。

とは言っても、実質の実権はトムとリックに任せていたのが、本音である。
私がレジ長をしていたのは、ほんの一時期。
その時も、ACTが2人より実質少なかったのは言うまでもない。
また、自分のことに対して精一杯だった。
トールの操作。
HNのタイミング。
ジャナの攻撃優先順位。

などなど・・・。
正直、レジがどうこう、周りの人の動きがどうこうって言うのに関わってられませんでしたよ。
ACT時間も短かったしね・・・。

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